What's your happiness?

守備範囲広すぎるオタクのつぶやき

38歳の櫻井翔さんへ贈る

櫻井翔

38歳のお誕生日、おめでとうございます。

 

 

今年も恒例ご本人不在の誕生日会をしているであろうわたしですが、

ちょっくら仕事が忙しすぎてラブレター書くには時間が足りないだろうなと思ったのでちゃんと前もって書いてます。えらい。やっとまなびました。(おそ)

 

 

毎年(ではない)あなたをいかに尊敬しているかをひたすら書き連ねる信者のような文章を書いているわけですが

今年は純粋なファンとしてのファンレターを目指します!!!(フラグ)

 

というのも。

昨年12月、私はこの上なく愛に溢れ、幸せを感じるラブレターのようなものを受け取りました。

毎月15日になると更新される、見慣れたピンク色の背景に白い文字で綴られていたその文章には、

櫻井翔のファンとして」過ごしてきたこの十数年間で最もストレートな言葉が並んでいた気がします。

 

頭がいい翔くんの言葉選びはとても綺麗で、わたしのような凡人を越してボキャ貧の民にはうまく言い表せないけれども

なんだか読んでいて楽しい、リズミカルにさえ感じるようなものを届けてくれているから、

ああやって、ストレートな言葉で、かつ、対象を絞ってとどけられた豪速球ストレートのそれはもう

受け止め切れないくらいのものでした。

 

まずは、

翔くん、いつもありがとう。

 

11ヶ月、ちゃんと、とどいていました。

 

なんなら、

「オトノハ」というものを始めてくれたそのときから、

その想いは伝わっていたようにさえ思います。

 

もう「嵐」という存在が国民的人気になりつつあった2008年から今まで、

月に1度(最初は2回でしたよね…)とはいえ短くはない文章、

スケジュール的にも大変だろうに、続けてくれていることに感謝です。

毎月必ず訪れる楽しみ、があることの幸せを、改めて感じた1年でもありました。

 

そして「嵐」としてではなく「嵐の櫻井翔個人」としての文章がつづられる場所がいかに貴重で嬉しいものであるかも感じた1年でした。

 

あの発表があったとき、

大きな災害があったとき、

楽しい出来事があったとき、

心を大きく動かされるような出来事があったとき、

本人の言葉で綴られるものほど安心するもの、励まされるもの、嬉しいものはありません。

 

2019年のあなたの誕生日を祝った2日後から今まで、

そりゃあ不安も寂しさも感じました。

それでも、

「活動を休止する嵐」ではなく

「20周年を迎える嵐の櫻井翔」として、

「20周年を迎える嵐の櫻井翔のファンへ」届けてくれたたくさんの言葉がどれほどわたしの心を救ったか。

 

翔くんが届けてくれるのなら、

わたしは、全力でそれを受け止めるまでです。

 

彼の最上級の“ファンサ”を受け取って何が悪い。

だってわたしは胸を張って彼のファンだから。

 

 

誤解もなにもかも恐れずにいうと、きっとストレートに表さなくとも

彼のファンは彼の言動で彼の想いはある程度受け取れるようになっていて、

みんなが見れる場所でありながらも彼のファンだからつたわるニュアンスみたいなのも多少なりともあったんじゃないかな、と思うわけで。

それを特にこの11ヶ月間感じながら来て、

彼から「そうだよ、それであってるんだよ、」

と言われたようなきがしました。

まあ2019年一発目の所信表明でちゃんと言ってくれてたけどね。

 

 

 

…ラブレターに感動しすぎてわたしからのラブレターってなんやねんって感じになってますねえ(フラグ回収…?)

 

櫻井翔さん、

わたしがファンになった頃の翔くんの年齢に、追いつきました。

 

改めて、やっぱりあなたはすごいです。(いやだから信zy…)

 

2019年、個人的にも人生において大きく舵を切って周りの環境がとにかくガラッとかわった一年でした。

やりたいことを見つけ、ありがたいことにその願いが叶い、

想定外のスピードでステップアップして責任なんかもめちゃめちゃ重くなった今、

ぶっちゃけキャパオーバーなくらいです。忙しいし。

 

ただ、この十数年でずっとファンとして翔くんをみていたから、

語る言葉を聞いていたから、

「妥協」ということはあなたと同じく嫌いで、

とにかくガムシャラに、全力で無理をすることを覚えてしまっているようで。

『別に死にゃしないから。』*1

とはいえちゃんとそこの配分もなんだかんだで出来ているようで。

あとで後悔しないよう、今を全力で生きることがいかに大切かも学んできました。

そしてその姿カッコいいということも知っています。

むずかしいけど、わたしにはできないんじゃないかとめちゃめちゃ思うけど、

それでもあなたのファンであるわたしはそれがいちばんの「かっこよくて理想の大人像」としてあるから

全力でがんばれています。

 

あとね、24時間テレビでにのが言っていた

 

「翔くんは本当に空気が読める人です

 

 不器用になったりバカになったり

 

 でもそれはほんとうに頭の良い人にしかできません

 

 そういう『みんなの為なら』と言う心の広さに着いていこうと思えたんです」

 

 

ここが忘れられなくて。

本当にその通りだと思って。

わたしは頭のいい人、ではないから、全く同じなんて当然できないけど、

それでもステップアップして少し上に立つ人間になったからには、

そうやって「着いていこう」と思ってもらえるような人間になりたくてがんばっています。

 

もちろん、「アイドル:櫻井翔」のファンだから、

疲れたらステージにいる、ライトを浴びている姿を見れば一瞬で疲れなんて吹っ飛ぶし、

気持ちが沈んだら残してくれているたくさんの曲を聴けば、気持ちを上げてくれるし。

なんて幸せものなんだろうと思っています。いやぁ…贅沢ですね〜…。

 

 

やっぱりまとまんないし多分一生かかってもまとまる気もしないからこのへんで…

櫻井翔のファンとして」願うことは常にただ一つ、

櫻井翔さんがしあわせであること」です。

 

38歳、そろそろ無理するといろんなところに響き始めていませんか…?(ど失礼)

あなたが二十数年前に選んだ道で、あなたが今幸せだと感じていたらいいなあ、と思っています。

もしそれが、私たちが応援することで少しでも力になれるのであれば、

わたしはいつまでも全力で応援したいな、と思っています。

 

「風速をあげる嵐とともに」「ともに大きな夢を」見ていきたいです。

 

櫻井翔さん、いつも生まれてきてくれてありがとう(最大のオチ♡)

これからも、だいすきです。

 

2020.01.25

櫻井翔のいちファンより

*1:2014年に発売された雑誌「H」内で32歳の翔くんが17歳の自分へ送った手紙に綴られてた言葉(これ引用するの何回目)

20周年を迎える彼らに最大の感謝と愛を込めて

嵐の皆様。

 

20歳のお誕生日、おめでとうございます。

 

そして、20年間全力で駆け抜けてくれて、

たくさんの楽しみや喜びをくれて、

本当にありがとうございます。

 

これは「活動休止する嵐」ではなく「20周年を迎える嵐」と共に過ごした日々を勝手に振り返る自己満足な記事です。

 

私がファンになってからは十数年。

 

デビューしてからの嵐の半分はファンとして見てきたんだなあと思うと、ほんとうにびっくり。

人生の半分以上を嵐のファンとして過ごしています。

 

もう記事にも書いたから年齢がバレるとかそういうの一切気にせずに書きますが

地方に住んでいた小学生の私は、

いろいろあって都会で働いています。

 

きっと大丈夫に励まされた小学生時代からはじまって、

楽しいとき、苦しいとき、寂しいとき、悲しいとき、頑張りたいとき、、、

日常で、節目で、たくさんの嵐の曲が思い出す記憶と共にbgmとしてながれてきます。

 

念願叶って初めて行けたコンサート、

初めて自力で交通手段も宿泊先もぜーんぶ予約して計画して行った失敗だらけのコンサートも、

新しい趣味を見つけたり環境が変わってちょっと離れてたけど、懐かしい曲も、大好きな曲も、ずっと聞きたかった曲もたくさん聞けてたくさん泣いたコンサートも、

どれも最高な思い出です。

 

たくさんの番組に出て、たくさんの作品に出演して、たくさん私たちをテレビ越し、スクリーン越しに楽しませてくれる嵐。

いつもいつも忙しいのは自分たちなのに容量の心配してくれたり

無理せず見てくださいね、なんて言ってくれるのは彼らくらいじゃないかと思っています。

 

お誕生日も何回祝ってきたんでしょう。

◯◯周年もたくさん祝いました。毎年スケジュールの11/3は真っ先に埋まります。

 

こんなに長く一つのグループを応援したこともないし

なにかが続いたことがないから比べようもないしわからないけど、

こんなにあっという間に月日が過ぎたんだ…と驚くばかりで、

こんなにもたくさんの素敵な思い出をくれている嵐には感謝しかありません。

 

5人と私たちと。

そういう姿勢でずっといてくれて、

ずっとずっと前を向いているのにちゃんとついてきている私たちを振り払わずに振り返って手を差し伸べてくれる嵐が私は大好きで誇りに思っています。

 

「国民的アイドル」なんて言われる嵐だけど、

ちゃんと「ファン」を「ファン」として大切に思ってくれる嵐が大好きです。

「ありがとう」をたくさん届けてくれる嵐が、本当に、大好きです。

 

結局感謝の言葉しか出ないからありきたりな言葉なのかもしれないけど

それだけ嵐にはただただありがとうを届けたい。

あと、とっても大好きです、その言葉に尽きます。

 

まだまだ一緒にたくさんの思い出を作らせてほしいと願ってやまないので

一度休憩するくらい、全然、いいんです。

そんなときでもたくさん私たちのことを考えて先回りしていろんなことをしてくれる嵐だから、私はいつまでも待っていようと思います。

 

20年、楽しいことだけじゃなかっただろうし、私には想像もつかないようないろんなこともあっただろうけど、

「嵐でよかったね」と思う瞬間が、5人の中にあれば私はこの上なく幸せです。

 

それにしても早いなあほんと…

10年前、両親にまだダメと言われアニバーサリーのコンサートに行けなくて号泣してた私へ、

20周年はちゃんと行けるから、今度は感動と喜びでたーくさん泣くから、安心してね。

 

嵐にたくさん楽しさをもらって、「人を楽しませること」「エンターテインメント」に興味を持って、そんな仕事がしたいなあ、なんて思ってた高校生くらいの私へ、

今、ちょっとその夢を叶えてます。

嵐みたいにすごいことはできてないし、表に立ってるわけではないけど、

私なりのやり方で、場所で、1人でも多くの人を楽しませるために今全力で頑張ってるよ。

 

嵐が20周年を迎えるタイミングに合わせた今の私に手紙をくれた12歳の私へ、ちゃんと、お手紙読みました。なかなか面白いことするなあと笑ったけどな。

都会に住む宣言、実行したよ。「嵐の近くに…!」って、確かにねw

でも、嵐はどこに住んでても近く感じさせてくれる超能力者じゃね?と数年後に気づきます。覚悟しとけ。

あと、相変わらず櫻井翔さんが大好きで、嵐が大好きです。「辛かったら嵐の曲を聴いてね」なんて書いてくれてるけど、もちろん、言われなくとも。6年後と11年後、特に後者、本当に辛くて辛くてしんどいタイミングが来ます。嵐を聴く余裕すらない、なんて思うんだけど、まあそう言わず聴いてください。気持ちがちょっと落ち着くから、もうちょっと頑張ってね。

 

何度でも胸を張っていいます。

わたしは嵐のファンです。

そして、嵐のファンで良かった。

自分の人生で嵐に出会えてよかったです。

 

20年、ほんとうにおめでとうございます。そしてありがとうございます。

どうかこれからも、嵐のファンでいさせてください。

たくさんの愛と感謝を込めて。

嵐のファンより。

 

2019.11.03

人生最大の危機と転職

今週のお題「人生最大の危機」

 

 

ブログ書きたい欲が高まる一方、何から書こうかな〜と決めかねていた時に見つけたこのお題。

いつものブログ内容と毛色が異なりますが…

これ!!と思ったので久しぶりにお家のキーボード叩いてみます…

 

まさに昨年の今頃…

結末から申し上げますとぶっ倒れました。

 

睡眠不足と貧血と…熱中症

もう何を言われたのかも覚えていないです。

 

昨年といえば私は社会人1年目で、

右も左も分からない、気合だけは充分!

…みたいな状態で入社し、配属先も決まり、バタバタと仕事してました。

 

ただ仕事を覚えていき、多くの先輩方とお会いする中で

入社前に思い描いていた会社と少し違うのでは…?と思うようになります。

 

「いやいや、半年しか経ってないのに、違うもクソもねえだろ。」

誰かに言われたわけでもなく、自分で思ってました。

 

継続は力なりという言葉がありますが、私はこの言葉を過剰に(?)信じていたところがあり、

割となんでも続けてみないとわからないと思う人でした。が、

配属先がたまたま同期社員や歳の近い社員がいなかったことや

地元からも離れていたこともあり、自分の中にある違和感を相談することもできないまま

毎日「これでいいのかな〜」と悩む日々。

次第に「これでいいのか」は「このままじゃ嫌だ」になり、

「どうにかしないといけない」「どうすればいいのかわからない」へと変わっていきました。

 

こうなると、もう、思い詰めすぎで身体に出る(あちゃーーー)

 

割とメンタルもフィジカルも強い方だと思っていましたが、

仕事柄不規則な生活リズムだったこともあり、

夜遅くに帰宅し、自分でも気づかないうちに涙が出て止まらない、

ベッドに入っても寝られなくて気付いたら出勤時間、なんてこともありました。

 

こうなっても負けず嫌いな私は「退職」は「逃げ」だと思ってしまい、

誰にも相談しないまま、仕事中はなんとか平常心で業務に集中していました。

 

こんな生活が続くわけもなく、

ついに仕事中も急に不安になって呼吸が苦しくなったり動悸がしたり、

いよいよまずいぞ…と思っていた矢先に倒れました。

 

ここで初めて「我慢していること」がまずいことに気づきます(遅い)

高校時代からの友人に電話をして、休みに会いに行きました。

友人の顔を見るだけで泣きそうになる私、

私を見るなり血相を変えて心配する友人。

「え、まって、なんでそんなに痩せてるの?顔色悪いよ?大丈夫?じゃないよね?寝てる?食べてる?」

 

自宅に体重計がなかったため測ってもいなかったのですが、

入社時より8kg痩せてました(半分だったら喜んでt)

 

本当にいい友人を持ったことに感謝しかないのですが、

ただただ私の話を聞き、よく頑張ったね、と言い、

あなたがしたいようにしなよ、ただご飯は食べて、寝てね、と。

 

前述の通りフィジカルもメンタルも比較的強い方だったので

人に励まされることがほとんどなく、励ます側の人間でした。

この友人の言葉がすごく胸にきたのと同時に、心配させてしまったことに罪悪感すら感じました。

 

このあとすぐ、両親にも相談し、職場の比較的近い年齢の先輩に相談し、

自分の将来を考え、自分がどうしたいかを考えたときに

私はここにいるべきではないという結論に至りました。

 

そして、転職を決意します。

 

勤務スタイル的に、仕事を続けながら転職活動をすることがかなり難しかったため、

転職サイトなどで情報集めを先にしつつ、一旦退職してから本格的に就職活動を始めました。

 

おそらくこの手順はあまりお勧めするべきではなく、

一時的に「無職」状態になるのでむしろ不安が大きくなる場合もあります。

私の場合は、地方にいたため一旦実家に戻り、睡眠と食事がまともに取れるようにすることを第一に考えてこの手段にしました。

(といっても転職を心に決めた段階でだいぶ気持ちが楽になり解決に向かっていました)

 

幸いなことに退職後1ヶ月しないうちに

転職サイトで気になっていた会社とのご縁があり、面接ののちに内定をいただきました。

 

全くの異業種。未経験の世界。

そして初めて関東に住み始めました…(ついに)

 

ただ、この業界は大学在学中から非常に興味があり、

就活中に何社か応募していましたが、そのときにはご縁がなく、

諦めるような形で別の業界を選んでいました。

「未経験」ということにビビっていた私もいます(割と専門職よりなきがするので)

 

もしこの記事を読んでいる方に新卒入社で転職を迷っている人がいたとして、

「絶対転職したほうがいい!」なんて無責任なことは言えません。

先ほど書きましたが、無職の期間があれば不安は募ります。

私は大変幸運にもスムーズに、自分の望む業界へと転職できましたが

全員がそうなるとは限りません。

ただ、私はあのタイミングで決意していなかったら今の自分がないと思うと

本当に、心から、転職してよかったと思っています。

今いる会社でやり残したことはないか、

次に何をしたいか、少しでもプランがあるか、

なんでやめたいのか、それは一時的な感情ではないのか、

色々考えて、ベストだと思う判断をしてください。

一つだけ言いたいのは、転職は悪いことでも、逃げでもないと思う。

「やめたい!」というより「これがやりたい!」が強くなったら

それは転職していいんじゃないかなーとも思ったりします…が…

 

まだまだ今の会社でも修行の身です。

社会人としてもあまちゃんなので、

どんどんスキルアップしていきたいな、と思う今年の夏です。

 

あと関東に住んでからオタ活が捗ってます(結局)

今年は倒れることもなく、ただ日焼けして推しを眺めて夏を終えられそうです。

 

(ちなみに落ちた体重はむしろプラスでかえってきてます★)

 

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やっぱり私の好きな櫻井翔

今年もこの日がやってまいりました(もう1日過ぎてるけどな)

 

櫻井翔さん、

お誕生日おめでとうございます。

 

2016年かな?ここのブログでしっかりお祝い記事を書いたのは…

 

arsv-sk.hatenablog.com

 

この記事を書いたとき、ほんとに全力で書いたんです…

例年ツイッターの限られた文字数でお祝いしてたので…

反動なのか、この場(?)でお祝い記事を書くことがなかったのですが、

今年こそと決めていました(すぎましたけどね)

 

ちょっとだけ脱線させてください。(多分ちょっとじゃないんだろうな…)

書こうと思ったきっかけとなったのが、5×20ツアーへの参加です。

実は5×10ツアーの開催が発表された時、当時地方で義務教育真っ只中の私にも

もしかしたら行ける(親の許しが出る)かも…?という話がありました。

結果として申し込みすらさせてもらえず…

スケジュールや諸々考えると致し方なかったのですが、やはりアニバーサリーの

コンサートに行けないことはかなりショックで、まさかの泣きまくった記憶があります。

その時に「絶対に20周年のときは行く!」と意気込んだことを、

私だけではなく家族も覚えているほどで、

迎えた2019年。

ついにその願いが叶いまして。行ってきました。

内容に触れ始めると長くなるので触れませんが、

 

まあ感動して。

 

終わったと同時にネタバレ防止のため避けていたツイッターの嵐用アカウントを確認。

限られた数人しかフォローしていないので、まあTLの流れもスローなんですが、

友人のRTで見かけた櫻井さんのコンサートの終わりの挨拶に感動しまくり、

余韻と合わさって泣いてしまうほど。

 

内容をうまく要約できる自信がないのですが、

彼がこの20年、彼なりの伝え方で思いを伝えてくれていて、

たくさんの思い出を一緒に作ってきてくれているということを本当に感じました。

もちろん生で聞いた挨拶も本当に素敵だったんだけど、

でもこのレポ見れてよかったなーと。

ネタバレを避けたように、様々な情報が溢れているSNSですが、

私はこれを書いてくれた方に感謝したいな、と思ってました。

 

15日、嵐つながりで仲良くなった友人からのLINE。

 

「オトノハ読んで」

 

毎月15日にはもちろんチェックしているのですが、1日の終わりに読むことが多くて。

きたの夕方かな?なんのことかと、それはもう大慌てでオトノハをチェック。

いつもと違い、開いたページは文ではなく、二編に分けられている模様。

順を追って一つ目を読みましたが、いつも通りな、とても読みやすい、かつ楽しい文章。

友人がなぜあんなLINEを送ってきたのかわからないまま、

次のページへと移ります。

 

グッとくる翼くんとのエピソードの語られたカウコンの感想、

微笑ましいお正月の様子の後。

私が数日前に読んだような、櫻井さんの挨拶が、本人発信で、本人の言葉で綴られていました。

櫻井翔が、櫻井翔の言葉で、櫻井翔の想いを、櫻井翔のファンへ伝えてくれていました。

 

ああ…なんて幸せなファンなのかと。

 

 

何もわかってなかったけど、漠然と好きだったまだまだ幼い頃、

「翔くんはファンサとかしないもんな〜」

なんて言ってた時期がありました。

でも初めてコンサートで、生で見たとき、

いや、してるでしょ、

国立競技場で、後ろから三列目にいるのに、

あんなに全力でこっちに手を振ってくれてるよ、

ちゃんと見えてるって思えるような不思議な体験。

 

当たるだけでありがたいコンサートですが、私はアリーナに降りたことも、

いわゆる“神席”と人が言うような席になったことも、一度もありません。

それでも、満足せずに帰ったことは一度もありません。

毎回他では得難い幸福感いっぱいで帰ります。

どんなに遠い席でも、時には跳びながら、

肉眼で表情が見えなくとも、素敵な笑顔であることを確信できるくらいに、

大きく両手を振ってくれる翔くんがとっても好きです。

 

雑誌のインタビューやバラエティーで、今まで見た印象の強いうちわの文字について話していたり、

他のメンバーのうちわを裏返したりすることについてとか、

客席にいるファンのエピソードを話していることも結構あったような気がします。

それはそれだけ客席を見てくれてるということで。

伝わってるつもりだったけど、言葉で改めて伝えてくれると単純に、純粋に、嬉しくて。

 

そういうところが好きだから。

だからあなたのファンがやめられません。

 

今年来年あたり、私が、好きになった頃の翔くんの年齢に追いつきます。

 

この年齢になると改めて、やっぱすごいなあ…と思うのですが、

おそらく私が37歳になるときも、同じことを思っているような気がします。

それでも、あの頃の私が、あの頃の翔くんを好きになり憧れたように、

少しでもいい大人になれるように私も頑張ろうと思います。

 

37歳、おめでとうございます。

例に漏れず今年も勝手にお祝いさせてください。

 

どうか幸せの多い一年を過ごせますように。

 

想いのこもった”and more”、スケジュール的にもハードかと思いますが、

どうかお身体には気をつけて。

 

2019.1.25

(書き始めの段階はちゃんとこの日付だったと言い訳しておきます♡)

 

あけましておめでとうございます

新年あけましておめでとうございます。

更新率を上げると宣言した昨年ですが…まあご覧の通りです。。。

今年こそがんばるんだもん(一生言ってろ)

心機一転デザインを変えて見たりなんかして。

さあ今年一発目の記事を…!と思ったら

 

え、待て待て。

 

昨年末に2017年のまとめとして更新する予定だった記事が更新できていない。

下書きにありました。

あら〜〜〜

せっかくなので更新させてください…

 

こんな感じのゆるさで本年もお届けしますあはは…

新年記事はね…また後日更新しますね(下書きには入ってる) 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

2017年も残す所24時間を切りまして。

こんな生活を一年を通して曜日も気にせず過ごせるのも

学生の今年が最後なんだろうな、と思うのですが

いまいち実感は湧いていません。

 

2017年は完全にオタクとして過ごした一年となりました。

新たな趣味を見つけ、

長年応援し続けている人たちのステージも念願叶って見ることができ、

例年通りライブも数回参加して、

全く新たなジャンルのイベントにも参加して、

とにかく部屋に物が(というよりグッズが)増えまくった一年でした。

 

おかしいな…就活生だったんだが…

と言いながらも就活期間中はなんだかんだ大人しくしてたので

ほとんどを下半期に詰め込んでいることにはなります。

そして過去イチ広いジャンルの催事に足を運んでます。

濃い一年だったのかな。

 

新たな趣味を見つけたことで新たな出会いもたくさんありました。

すでに出会っている人たちと、今までとは違った話題で話すこともできました。

そう思うと、新しいことを始めることは勇気がいることですがいいことなんだなあと

まさかオタ活を通して学ぶことになるとは。

 

きっとこんなに自由に動き回れる年は最後だったし、

好き勝手出来たので良かったのではないでしょうか。

来年からが怖いなあ…

現場主義人間が急にライブもイベントもなかなか行けなくなったらどうなるのか…

考えるだけでも怖いので、対策を考えておきたいところです。

 

ざっくり印象に残ったイベントをまとめておこうかな。

 

▶︎Are You Happy? / 嵐

ツアー自体は2016年からのツアーでしたが、福岡は年明け2017年の公演でした。

幸せなことにアリーナツアーに参加することができ、アリツア以来の嵐さんたちで

やはりドームの演出の規模の大きさに圧倒された記憶があります。

センターステージを真正面に見ることができる、スタンド席での鑑賞は

よりのステージ構成やフォーメーションなどが綺麗に見れて印象に残ってます。

細かいところは…ほぼ一年前なので覚えてねえ…

 

▶︎NMB48 上西恵 卒業コンサート〜やっぱり恵ちゃんがNO.1〜 / NMB48

NMB48ファンの友人に誘ってもらい、参加することのできたコンサートでした。

女性のアイドルグループのコンサートは初めて。以前からすごーく興味はあったものの

初めてなのに、上西恵さんの卒業公演に行けるありがたさ。

そして密かに推していた上西恵ちゃん…とても綺麗で可愛かったです。

という人並みの感想ばかりなんですが。

ファンの人の愛をすごい感じて。

公演開始前にオリジナルのうちわとポケットティッシュが配られて。

みんなが温かく見守っている雰囲気があったかくてすごくいい空間でした。

初めましてのライブなのに隣にいる長年けいっち推しの友人につられて泣きました。

人生で初めてMIXも挑戦して(置いてかれた)

アイドルのプロ魂と、熱い想いをすごい感じてますます好きになりました。

 

▶︎MAD CYCLONE / GENERATIONS

二度目のアリーナツアー。

まさか来年ドームをするなんて思ってもみなかったので、

もっともっと去年みたいに参加したかったな〜というのが現時点での率直な感想。

去年とは違い、センターにステージを持ってきてて、

より近く感じるし、そのぶん魅せ方も様々で。

先輩たちとは違う、GENEならではの演目っていうの?パフォーマンスが

「あ〜。GENEっぽいな〜」と思いながら楽しむ瞬間が最高でした。

「次世代の」とか今までも言われてきて、偉大すぎる先輩たちがいるから余計に

若いグループ、っていう立ち位置でずっとやってますが気づけば五周年。

バラードだって増えて、大人っぽい曲もあって、色気のある曲だってあって。

若いグループだからこそ、五年っていう期間で本当にどんどん成長していく姿がわかるし、

その成長をちゃんと感じるのにブレないところがしっかりあるのが彼らの魅力だなと

再認識したステージでした。

同世代の私がこんなこと言って偉そうだな…

でも間違いなく同世代だからこそ感じる刺激みたいなのもあって、

だからずっと好きだし応援したくなるし見ていたいんだろうなと思います。

ドームと聞いて少なからず寂しさを感じるところもあって、

特に私は違うグループであまりにも遠く感じる経験をしていることもあって

なんかこのまま遠くなってっちゃうような怖さを感じてたけど、

GENEならブレずに行ってくれるだろうし、

何より夢が叶って喜ぶ姿を見たら、一緒に喜ばずにはいられないし、

おめでとう、が一番でした。来年たのしみにしてます。(長くなってしもたやん)

 

▶︎THE ONES / V6

やっっっっっっっっっと行けたV6のコンサート。

もう本当にツアー日程を見ただけで当たる前から嬉しくて涙出そうなレベル(本当に)

ファンクラブだって入ってたのに、ことごとく何かしらと重なって

そもそも申し込みすらできなかったコンサート。

何年越しなんだろ…やっと見れたステージは本当に最高でした。

散々円盤でイメージし続けてたC&Rもやっとできたし。

映像でも感動する照明とか効果とかパフォーマンスを

生で見たら想像以上の感動でした。

アラフォーのおじさんたちの集まりなんて本当に思えない。

V6のアイドルっぽくないのにどこよりもアイドルっぽいところがとても好きです(伝われ)

 

▶︎梶裕貴トークショー

正確な名前は学園祭なので伏せますが…。

アイドル関連でこの記事にたどり着いている方はご存知ないでしょうが、、、

声優さんです。

進撃の巨人のエレンだったり、僕のヒーローアカデミアの轟くんだったり、、、

とにかくとっても有名で人気なお方なんですが、、、

まあ要するに私が沼にはまった方で(笑)

真面目さだったりストイックさだったり(可愛さだったり)がとても魅力的で、

こんなことを言うのはもう本当におこがましいしファンの方にもご本人にも失礼すぎて

抹殺されるのではないかと思うのですが、すごい考え方が似ているところがあって

気づいたら沼の底近くにいました()

もちろん純粋にお声が好きなことから全てが始まったんですけどね。

まあこれ以上は長くなるから置いておいて。

ありがたいことにとっても近くで見ることが出来て、

マイク通ってない声がちゃんと聞こえる距離でとても感動して。

改めてお話を伺うと職業は違えど学ぶべきところがたくさんあるし

本当に魅力的だし、生で見るからこそわかる優しさだったり、気遣いも本当素敵で

沼に底がないことを感じた1日となりました。。。

 

▶︎AGF2017

これはまあ別記事で書いたのでかるーく触れるだけにします。

とにかく”THE オタ活”って感じがして最高に楽しめた空間でした。

ゲームやアニメや漫画が日本が誇るべき文化なことも

こちらもまた底なし沼状態なこともとても学べた経験でした。

 

▶︎ベストアーティスト2017

ちゃっかりぶっ込みましたが…実は観覧に行っていました。

これまた詳しく書き始めると長くなりそうなのでなるべく簡潔に。

いつか櫻井翔さんが司会を務める姿を生でこの目で見たいと思っていましたが

念願叶ってしっかりこの目に焼き付けることが出来ました。

こんな機会じゃないと掛け持ちしてる違うグループの人たちを

一つの空間で見れることなんてないから!!しかも!!その人たちが会話するなんて!!

本当に最高の経験でした…。

今更ですが、司会にパフォーマンスに、本当にお疲れ様でした。

 

 

 

 

改めてこう見るとジャンルの幅がとてもやばいな…

 

最後に、

こんな自己満足の塊のようなブログをもし読んでくださってる方が1人でもいるのなら、

本当にありがとうございます。

来年も相変わらずな更新になるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。

それでは!2018年も良い年でありますように!!!!

きっと、大丈夫

お題「ジャニヲタになったきっかけ」

 

櫻井翔バースデー記事を書いた際にいつかは書こうと思っていたこのお題。

 

arsv-sk.hatenablog.com

 

全力でのっからせていただきます!!!☜

 

約10年前、小学生の私は小学生らしからぬハードな生活をしてました。

教育熱心な母のもと、毎日が習い事の日々でした。

小学校4年生の時には習い事6個とボーイスカウトを並行して継続していました。

週に3回や4回通っているものもあり、ほぼ毎日2個ずつ何かをしていました。

そんなスケジュールのだった私に遊ぶ時間はありませんでした。

楽しみは、移動の際の車の中や、晩御飯の時にちらっとテレビを見ること。

しかしこの生活をずっと続けていた私にとって、これが当たり前で、

これがまさに『普通』でした。

しかしそんな私も小学校中学年になり、これが普通でないことに気づきます。

周りの友人は放課後楽しく遊んで次の日に前日の話で盛り上がります。

習い事の日々の私は参加できません。

友人たちにもあなたは忙しいから誘えない、と言われました。

なぜ私は遊べないのか。なぜ他の子と違うのか。

考え始めた途端、すべての習い事が嫌になりました。

それからほぼ毎日、すべての習い事の行き道にぐずる日々。

小学校4年生には辛い日々でした。

母と口をきかない日々も続きました。

母は反抗期が来たと思ったそうです。

 

そんな時に出会ったのが、嵐でした。

何かの習い事の帰りだったと思います。

車にはテレビモニターが付いており、その日はちょうど、

MUSIC STATIONで嵐がきっと大丈夫を歌った日でした。

心身ともに疲れた私が、あのキャッチーな曲を聴き、

歌番組なのになぜかバスケットボールを持っている彼らになぜかやたらと惹かれました。

「かっこいい!」とはあまり思わなかった気もします。

当時彼らは『黄色い涙』仕様の見てくれで、どっちかというと

「なんかアイドルっぽくない」と思ったような気もします。

その日きっと大丈夫を聞いて以来、メロディーが頭から離れず、

芸能人なんて全く興味もなかった私は『嵐』というグループについて調べ始め、

櫻井翔というメンバーにたどり着きます。

もじゃもじゃ髪の毛に長めジャケットで歌っててむさ苦しいとか思ってしまっていた私ですが(☜おい)、

慶應大学卒業”という経歴を見てかなり驚きました。

当時通っていた英会話教室に高校生クラスがあり、よく私立高校などで見る

【〜大学○名合格】という表示が小さいながらにも入り口横に掲示されており、

その欄の一番上に【慶應大学】の文字を見てどう読むのか先生に尋ねたことがあります。

もちろん名門校だということも聞いていました。

あれ、この人アイドルなのに、けーおー大学とか行ってたの?アイドルって大学行くの?

そんな興味深すぎる人がいるグループを調べれば調べるほどのめり込んでいき、

スイミングスクールと同じ建物に入っていたCDショップで嵐のアルバムを端から借りて

車のオーディオに入れ、習い事の行き帰りで聞く毎日が始まりました。

当時は今ほど有名ではなかったこともあり、芸能人に疎い家族で嵐を知っている人は

誰一人おらず、サザンやドリカム、SMAPくらいしか入っていなかった車のオーディオに

嵐が入ったことに違和感を感じたり、急に嵐のアルバムばかり借りてくれと言われ、

さぞ両親も戸惑ったでしょう。しかし少しでも娘が機嫌よく習い事に行くならというのもあってか

いつの間にか車の中で嵐以外の曲を聴く機会はほとんどなくなりました。

そして嫌だった習い事も、「〜から〜まで休まず行ったら次の新曲買ってあげる」

という母親のうまい誘い文句にまんまとのっかり、なんとか続けていました。

 

そして10月。

櫻井翔NEWS ZEROの月曜キャスターに就任。

私の中のはてなはまた増えました。

え?アイドルじゃないの?キャスターなの?アイドルってニュース読むの?

私だけではありません。今まで私が応援していようが特に関心を示さなかった父親も、

「え、嵐の子なの?キャスターするの?」

と一緒になって驚いたのを今でも覚えています。

そして彼の凄さを知ります。

学校とアイドル、キャスターとアイドル、

子供ながらにも、両立は大変なのではないかと思いました。

そして自分と重ねました。

ああ、この人はこんなに爽やかな顔で歌ったり踊ったりお芝居したりバカなことしながらも

知らないところで勉強してたりしてたんだな。

と思うと、単純なのかもしれませんが、自分も頑張らなきゃ、と思うようになりました。

と同時に、櫻井翔という人を心から尊敬するようになりました。

もちろん、外見がかっこいい!も好きでい続けた理由です。だってアイドルやん☜

木更津キャッツアイワールドシリーズが公開されて過去の作品もちらっと見て

うげえええバンビかっこよおおお!!!ってなったのももちろん。☜

でもなんとなく、それだけだったら今までファンじゃないんだろうなって思います。

 

先日のブログでも綴った通り、今になって、成人を迎え、

改めて櫻井翔という人を凄いと思います。

彼を、嵐を応援していてよかったな、と思うとともに、

あの時に彼らに出会っていてよかったとも思います。

お題から逸れますが、

あの時彼らに励まされ、「嵐のファン」という息抜きの趣味ができ、

結局小学校を卒業するまで、習い事は一つもやめませんでした。

中学に入るタイミングで一旦整理し、部活動を始めることを考慮し数は減らしましたが、

それでもピアノは高校2年まで、英会話は高校卒業まで続け、

その英語は今大学の専攻となっています。

小学校卒業まで何も辞めずに続けたことを今でも胸を張って言えますし、

もちろんそのおかげでたくさんのスキルもついたと思います。

 

そして口をきかなかった母や私が嵐のファンになろうが我関せずだった父も

留学中

「嵐のアルバム出るみたいやけど、買っときましょうか?」

「なんか初回盤とよいとこ盤っていうのあるんやけど両方?」

「特番録画しといたよ〜」「容量足りなくなりそうだからダビングするよ〜」

というLINE。。。

父親も数年前嵐のCDやDVD、雑誌で溢れかえる私の部屋を見かねて

寸法を測ってCDもDVDも雑誌も綺麗に収まる棚を作ってくれたり、

うちわに使う発泡スチロールが上手く切れないというと仕事用の糸鋸で完璧に仕上げてくれたり

スーパー協力的です(笑)

 

2008年以前の嵐の曲を聞くと、どれを聞いても少し泣きそうになったりします。

それぞれに、必死だった私が救われた思い出があるからです。

嵐好きになってよかったなー。

そしてそう思える今があってよかったなー。

なんて思いながら、

 

、、、

 

 

V6のアニバコンのDVDを見ます。(笑)

V6との出会いは…まあまた今度。

私の好きな櫻井翔

Happy Birthday

Sho Sakurai 

 

お久しぶりです。

誕生日にブログ更新しないでいつ更新するんや。

って話ですよね。うんうん。

いわゆる「自担」である櫻井翔さん34回目の誕生日。

本当におめでとうございます。

自担と書きましたが、櫻井翔は担当という言葉を嫌います。

なので私はあまり担当という言葉を使いません。

そんな些細な事にも影響されてます。

そんな翔さんの誕生日を祝うのも今年で何回目なんでしょうか…

まあそのことは今度記事にしよ…

 

いつの間にか「翔くんかっこいい!!」という回数が減りました。

テレビに出るたびにビジュアルの良し悪しが転々とすることておなじみの櫻井翔さん。

そんなことはもう私にはどうでも…はよくないんだけれども☜

まあ少々太っていようがなんとも思わなくなりまして、

まあ翔くんもいいおじさんになってきてるもんな〜としか思わなくなりました。

好きになった当初や中学生の頃は「翔くんほんとかっこいい!!」

「茶髪好き!!」「わあ!ピアス〜〜〜!!!」

「なんか最近痩せすぎじゃない?ちょっと心配」「え、今日の翔くんの髪型最高!」

なーんていちいち言ってた自分は何処へやら・・・

自分が年齢を重ねるにつれて、単純に「好き」から「尊敬」へと形が変わってきていることに気づきました。

高校時代、進学校に進み、運動部に入り、自分には難しい勉強やテストに山のような課題と遅くまである練習、

毎日毎日必死でした。

そんな私が感じたのは「櫻井翔は高校に行きながらジャニーズの仕事してたもんな。

無遅刻無欠席をキープしてたんだもんな。すげえよな。」と。

いつしかの何かしらの番組のインタビューで彼は

『成績が下がったことをジャニーズの仕事のせいだと思われたくなかったから成績を維持してた』

というようなことを言ってた記憶があります。

名門の私立高校に通っていた櫻井少年が仕事をしながら成績を維持することはどれほど大変だったんだろうか。

エスカレーター式の名門私立学校、きっと本人もそうであるように周りにも家柄の良い同級生も

たくさんいたでしょう。その中で『ジャニーズ』『アイドル』である自分との葛藤も

あったんじゃないかとも思います。

それでもアイドルであり、名門校の学生であり続けた彼を本当にすごいと思いました。

 

そして大学在学中の今、彼がデビューして嵐としての活動を続ける傍、

大学に進学し、四年で卒業したことを考えます。

レポート、課題、テスト、単位、卒論など、

デビューしてからの仕事と大学を両立していたことを思うと、驚くばかりです。

 

テレビを見たりコンサートでの挨拶などを聞いて櫻井翔という人は本当に賢いんだろうな

と思います。

言葉の選び方だったり冷静に番組を進めていく姿に彼の頭の良さを感じます。

ラップの作詞もそうです。

 

2015年宮城で行われたコンサート。

彼のソロ曲。『Hip Hop Boogie Chapter Ⅱ』

私はコンサート期間中がっつり留学中だったので

先日やっとDVDで聞くことができました。

道なき道を歩いてく
迎合せずただマイペース
いま言える いまならば言える
蒔いてた種たち咲いてく

Somebody(yeah) Everybody(yeah)
いま時代が手の中に(yeah yeah)
Pass da mic.
Pass da pen.
このmic and pen でRock the world

これが元の歌詞。そしてこれが今回Chapter Ⅱという形でアレンジされました。

君たちとなら歩いてく
栄光へとまだマイペース
磨いてる未だ磨いてる
咲いてる花たち抱いてる

あんなに夢描き
いま未来は瞳の中に

Pass da mic.
Pass da pen.
このmic and pen でRock the world

オリジナルのソロ曲が出たのは2008年。*1

あれから5年。

この5年で嵐はまさに「国民的アイドルグループ」と言われる所以となるような

様々な記録を残しました。

オリコンやゴールドディスク大賞など様々な賞の受賞、

ミリオン、紅白出場や司会、国立競技場での4日間公演や6年連続公演、

たくさんのゴールデン番組やCMなどなどあげたらきりがありません。

道なき道を歩いてた、

蒔いた種がだんだんと咲いていってた嵐は、

5年という時間で

本当にたくさんの道を拓き、驚くほどたくさんの花を咲かせました。

そして2015年、

その花たちを抱き、栄光へと、まだまだ磨き続けながら、

君たちと歩いてくと歌った櫻井翔

初めて聞いた時、鳥肌が立ちました。

ずっと櫻井翔という人を応援していますが、

こんなにも明確にファンと自分との関係を歌うのがとても珍しいと思った自分がいました。

決してファンを大切に思っていなかった、なんてことは思いませんし

今までだってファンへの感謝の言葉もたくさん口にしていたけど、

こんなにもはっきりとした言葉で、「君たちとなら歩いてく」と歌う姿を見て、

心からこの人についてきてよかったと思いました。

こんなゆっくりでいいんだって 
こんな俺らだってでもいいんだって
こんな景色はみんなのおかげ
ここまで、連れて来てくれるなんて
この大草原の先には何が待っているのだろう
道がないなら創ればいい 
その先果てない道歩いてこう

ここの歌詞もそうです。

自分で打っててまた泣きそう☜

先でも述べた通り、5年間という期間で一気に国民的アイドルグループへと駆け上がった嵐。

正直そんな嵐を見て遠くに感じることは幾度となくあり、

もう遠いどころの話ではないと開き直るほどになってしまっていました。

ファンクラブの会員数は年々増え、

コンサートのチケットはなかなか手に入りません。

現に私も、2012年以来一度も当たっていません。

「嵐ファン」と言うと「ああ、あなたも。」みたいなリアクションにも慣れました。

おかしいな、全然周りにファンいなかったのに。

初回盤の予約がなかなかできない、グッズ販売は長蛇の列。

それでも嵐のファンです。ずっとファンです。

「こんな景色はみんなのおかげ ここまで連れてきてくれるなんて」

信じてついてきてよかったと報われるような歌詞でした。

たくさんの偉業を成し遂げた嵐はもう遠くに行きすぎて、届かないんじゃないかと思っていました。

そんな考えをあくまでもファンが嵐を連れてきたという言葉で表してくれたから

安心する自分がいました。

ボキャ力なくてうまく書けませんが、

本当に、感動、感謝の言葉に尽きる歌です。

この歌詞を書く櫻井翔という人が、本当に大好きだと、胸を張って言います。

 

最後に、私が今までで一番好きと言ってもいいくらい好きな

2014年に発売された雑誌「H」内で32歳の櫻井翔

17歳の自分へ綴った手紙を紹介させてください。

17歳の櫻井翔

 

17歳の俺。初めまして。

32歳の私です。

 

そこから15年が経ち、”俺”や”僕”ではなく”私”を使うようにもなりました。

その様な機会が増えるという、 意外な状況に身を置いています。

背広を着ない仕事に腹くくったつもりでしたが、背広を着る機会に恵まれているよ。不思議なものですね。

 

1999年。

嵐になる直前。

 

気に入っていたドレッドを、ほどけと言われました。

必死に守り抜いてきた、無遅刻無欠席が急に叶わなくなりました。

 

”はぁ・・・。なんだこれ・・・。とんでもないことに巻き込まれた。辞めようと思っていたのに。”

 

そう思っていることと思います。

イラついて、ピリピリしてると思います。

 

でも。

そんな”【あなたの社会】への建て前”と”自分への言い訳”を鎧に纏っているものの。

 

自分でその道を選び、歩き始めます。

誰も背中なんか押しちゃいないのに。

 

結局のところ、”夢”だったっつーことかな。

 

不安だとは思う。

 

しかし。

不安が努力を突き動かす。

 

どうか頑張って下さい。

 

「無理しないでね。」

人は言うかも知れません。

 

死ぬほど無理して下さい。

別に死にゃしないから。

 

こっちも未だに、”これで本当に良かったのか”分かってはいません。

でもまあ・・・”悪くはないかな”ってところまでは来られたよ。

来られるよ。

 

人生是一方通行。

 

どうか。

ただ前だけを。

 

無理しないように。

2014年1月 櫻井翔

 

H (エイチ) 2014年 03月号 [雑誌]
 

 

 

どうか彼がいつか”これで良かった”と言える日が来ますように。

少しでも、力になれますように。微力ながら応援していきます。

34歳の1年がどうか幸せでありますように。 

(このブログ書くのに約2時間半かかってる…こんな時間…)

*1:2008年発売の「Dream"A"live」に収録された「Hip Hop Boogie」