6月が来てしまいました。
こんなに来ないで欲しいと思っていた日はない、本当に。
でも来てしまった。
嵐が活動を終えましたね。
本当にありがとう。本当に本当に、ありがとうございました。
そして、お疲れさまでした。
本当はもう少し早くここに戻ってきてみようかなと思ったけど、
なかなか叶わず、でも今日この日を迎えたら絶対に記録しておこうと思っていたのでそれを遂行しようと思います。
嵐の活動の再開及び活動の終わりを迎えること、ライブ実施予定の発表があったとき、
喜びなのか、安心なのか、そうだと思ってたよなのか、やっぱり寂しいななのか、
感情が色々混ざっていて、でも多分どれも本当に思ってたような気がする。
多分一番先に来たのは「このままフェードアウトにならなくて、ちゃんと『終えて』くれてよかった」だったはず。
そう幼なじみとLINEしているのを見つけました。
周りの方にも「よかったね」と言っていただけたのを覚えています。
休止中、本当にいろんなことがありました。
いろんなグループのライブに行ってみたり、いろんなエンタメを浴びたりしてたし、
自分も仕事でエンタメに関わり続けてたのでなんだかんだでそっち方面は関心の度合いが強く
多分人一倍触れてたし楽しんでたし勉強もしてたと思う。
忙しくしてました。仕事も、年齢的にもキャリアを真剣に考えるようになって
中間っちゃ中間だけど数年前よりはまたステージの違う管理職になったり、
自分でこういうことを言うのもどうかと思うけど、かなり頑張ってました。
「死ぬほど無理してください。別に死にゃしないから」を私に印象付けた人がいたので*1結構無理したりして、
実際に死にかけたりもしました(普通に良くない、加減してね)。
変わらなかったのは、ファンクラブ会員であり続けたことで。
いや〜、よかった。
正直ちょっと大人になりすぎているので、いわゆる「コストパフォーマンス」の面で言うと
流石に釣り合いとるの難しいのでは?とかいうすこぶる現実的なことを考えたりだとか、
「再開したらそのときに入り直すのも手なのか?」と思ったりだとか、全く思わなかったかというとそんなことはない、考えはした。正直ね。
でも年に一度送られてくる誕生日のメッセージだとか。音声コンテンツだとか。
なんだかんだで私を童心なのか、懐かしい気持ちにさせてくれるというか
そっとリセットできる場所にもなっていた気がして抜けることができなかった。「抜けなかった」というより「抜けられなかった」気がする。精神的お守り的な。
正直ファンクラブが続く限りは期待をしてもいいということだから、入っている人がいるうちはそんな急になくなります!みたいにはならないだろう、みたいなことも考えたことがあった気がする。
こういうこと考えるようになったのがもうやだな〜〜〜〜〜〜〜〜と書きながら思ってる。
入るときは入会を拒まれ続けてた両親の前で行きたかったコンサートの応募に間に合わなかったことを責めてありえないほど号泣して家族をドン引きさせて入ったというのに⋯⋯(笑)
親に払ってもらっていた年会費はいつからか自分で払うようになって。
ATMに親と車で一緒に行ってお金払ってもらってたな⋯⋯
お父さんがいっつもやってくれてたんだよな⋯⋯ありがとう。
そんな父及び家族もみんな、活動再開のタイミングで
「あんた!抜けてない!?まだ入ってる???」と連絡してくれて。
いや娘と久々に話すのに先にファンクラブ入会情報聞くなよ、「元気〜?」「最近どう〜?」とか一応挟めよと内心ツッコミつつも
「安心してください、入ってますよ!!!」と宣言したのももう1年前なわけですね。
活動再開してからというもの、本当に本当にメンバーの誕生日更新のコンテンツがもう楽しみで仕方なくて。
とはいえ初回は、私はなんか緊張して見た気がする。
変わってないよね、変わらないよね、あのときの嵐だよね、みたいな。全然杞憂でしたけど。
Happinessほんっっとに嬉しかったな。本当に。
そして「We are ARASHI」ツアーですが、大変ありがたいことに大阪公演に参加することができました。
当落の日、発表の時間が仕事の間の移動中で。
流石に電車の中で見るのもな⋯と思いつつもこれ以上寝かせることも仕事に集中できないような気がして思い切って開いたメール、当選の文字を見て電車で涙が出たのを覚えてます。
衝撃だった。流石に泣くとは思ってなかったから電車で見たのに。
喜びとかより「安心」だった気がする。はあよかった、ちゃんと生で見納められる、と。
実は第二希望当選で、第一希望は今の住まいが近い東京にしていたんですが
結果的におそらく一番嵐関連のイベントで参加した回数の多い京セラに行けて本当によかったです。
当選が決まってからも、多分学生時代だったらもっとそれに向けてソワソワソワソワそのことばっかり考えてたんだろうけど、すっかり社会人で。まあ仕事は止まってくれないし遠慮も配慮もないわけで。
当選を知ってからツアーが始まるまでまああっという間でした。
そうこうしているうちに初日を迎え。
ネタバレ見ないようにしよ⋯⋯と思いSNSはほぼ触れず。
とはいえきたる年度末、絶賛大忙し。
突如届くグッズを見てうわあ、本当にもうすぐだ⋯⋯と。
あまりにも実感がなくて。これが最後だという。
そもそも「嵐のコンサート」が久しぶりなわけで。準備って何するんだっけ?レベル。
他のアーティストのライブもかなり行ってたけども。同事務所のコンサートも行きましたけど。
取り急ぎ直近の5×20の時を思い出してみたりなんかして。
大切に、でもちょっと深めの場所に眠ってた歴代ツアーバッグ、タオル、うちわ、ペンライトその他グッズを引っ張り出してきて。
100円ショップに行ってうちわの材料を買って。うちわ作って。
ネイルもしっかり赤色に変えて。
赤色の服を買って。
防振高倍率双眼鏡をレンタル申し込みして。
なんかやるか〜と突如思い立って人生初の全頭ブリーチしたりして(なんで?)。
もうこの準備から懐かしくて。
5×10のバッグ見ながら嵐ファンの友達のお母様が行けなくて号泣した私のためにわざわざ買ってきてくださったんだよな〜とか。
端のほつれた風景のタオルを見ながら中学で使ってたな〜とか。
Beautiful Worldのバッグ見ながら東京ドームが物販会場で夜行バスでそのためだけに愛媛から東京に行ったんだよな〜とか。
LOVEのポーチ見ながら受験だったから学年の違うお友達に託して代わりに買ってきてもらったんだよな〜とか。
5×20のミニうちわ見ながら活動休止の発表が上京初日と重なってお守り代わりに持っていったこれをまだ何の家具もない新居で呆然と見つめてたんだよな〜とか。
全部を全部持ってきてるわけではないはずで。きっと実家にもたくさん眠っている思い出の品たち。
一部でもまた一緒にお出かけできるのが嬉しくて。
うちわ作ってても昔お父さんに発泡スチロールのパネル切るの協力してもらったな〜とか。
弟に「どっちの配色が見やすい!?」って実家の廊下の端に立たせて選んでもらったな〜とか。
私にとっての約20年がまた鮮やかに動き出して止まらなくて、準備するだけで楽しかった。
かつて住んでた大阪。よく訪れていた大阪。
また嵐のコンサートで来られるなんて。
よく知った街にたまに知らないお店があって、
でも良く知っているお店にいつもはない5色の装飾があって。
街が嵐に染まってた。本当に。
いろんなライブやイベントに参加してるし自分も一種のエンタメを届けてるからわかる。
こんなに人を、街を巻き込めるグループは本当にいない。すごい。
何も相談していなかったのに、お母様と参加すると言っていた友人とたまたま同じ日が当選して久しぶりに会えたり。
彼女との初めましても京セラだった。もう10年ちょっと。嵐と関係なく普通にご飯に行ける友人。嵐が繋げてくれた人。
一瞬一瞬が大事で、たくさん写真も撮って会場に入って。
ソワソワはするけど、全然実感も湧かなくて。
円陣の声が聞こえて、始まる、と思って。
暗転して、映像が始まって。
青空に鮮やかな虹がかかって嵐が現れたとき、本当に本当に感動して、
やっとここで「嵐だ!」になって。
立ってられないくらい涙が出た。
見たいのに全然前が見えないくらい、泣いた。
心の底からおかえり、を言った。
何を聞いても身体に染みついたC&Rが勝手に出るし、
何を聞いても頭に残り続けてる歌詞がどんどんしっかり出てくるし、
何を聞いてもひたすら見たMVや披露したコンサートの映像が浮かんでくるし、
何を聞いても紐づく思い出が一緒に蘇るし。
正直やろうやろうと思いながらも昔の映像をこれように改めて見返したりC&R確認し直したりみたいなことがほぼできてなくて。
でも20年分の思い出が入った箱を思いっきり開けて、全部が一気に流れ出してきて、
ずっと泣いて笑ってた。
嬉しかった、何を歌ってくれても嬉しかった。生で聞けて見れていることが。
この瞬間に一緒に居させてもらえてることが。
嵐に会えて、本当に嬉しかった。おかえりを言えて嬉しかった。
「あるからー!」は今までで一番大きい声で叫んだ気がする。
Lucky Man踊るの楽しくて、ずっと踊ってた。
トラメの山のハート見れて本当に沸いた。間のニノももちろん可愛い。
挨拶は大きな声で叫びながら、涙が流れ続けてたと思う。思いたくなかったけど思ってしまった。この返事を嵐に届けられるのが最後だと。でもだからこそ、ちゃんと届くように大きな声で返事をした。
Yes?No?のポイ出てきたときほんっっっとうに嬉しかった。あれ小学生のとき掃除の時間に縄跳びで「Yes?No?ごっこ」をやってたな。家族で嵐応援してる同級生1人にだけウケてた。
僕僕も大好きだしあのときのauのCMもめちゃめちゃ好きだったな。
サヨナラのあとでの制御ペンライトの綺麗さがすごくてこれが嵐のコンサートのペンライトだ〜!となった。
パラドックスバーーーーーカかっこよくてずるかった。
CARNIVAL NIGHTは私はジュニア並みにずっと踊っていました。
「嵐のMC」を久しぶりに浴びれて、超楽しかった。ここは本当にずっと笑ってた。
記念撮影した(多分)レアな回。フォトブック楽しみだな。
Oh Yeahで目の前に現れた気球にお乗りの潤くん見てポプ魂のパパのとは全然違う気球だ〜!となった。
アデイでちょうど目の前に来てくれた翔くんにこんな贅沢なことはないと号泣した。
Monsterやって「このあとtruthきたらアツいな〜」と思ったら本当にtruthきてここも静かに泣いた。
迷宮ラブソングで一生初恋を思い出すだろう、櫻井翔に手を引かれて叫ばずにいられない。
ステゴー、ずっと大事な曲でずっと大好きな曲で、This is 嵐でより一層大切になったから、聞けて、見れてよかった。
きっと親の子守唄より聴いているLove so sweet、潤くんの「俺たちからの想い」という言葉とともに贈られて歌詞を感じながら聴くとそれは「私たちファンと嵐の曲」だった。恋の曲だと思ってたし紛れもなく恋の曲だけど。多分こんな好きな人に出会う季節は二度とないと思う。それを痛感した。
盛り上がる大好きなHappinessは、泣いて泣いて前が見れなくなった。
挨拶。
MCでも触れてたけど、嵐5人で嵐(役はダンサーさん)のコンサートを最初から最後まで見れたそうで。
見てもらえてよかったという潤くんが印象的だった。26年半でようやく実現したと言ってて。演出を担当している潤くんが見せたいものを、見せたい形にして、見せたい人たちに見せられてよかった。
全身全霊で全部出し切ってやるのを目標としていると言ったニノ。「43歳が応援してくださいと言うのは憚られる」と言ってたけども、応援したいと思わせる力があるのが嵐でニノだからなあ、と。
嵐を巻き起こしてくれたのはみんなと最終日にも言ってたけど、この日も言ってくれてた相葉ちゃん。この日で京セラでの「イベント」の数が嵐が一番多いアーティストになったそう。そこに関してのみじゃなくてももう十分に一番だよ。ほんとに。
活動休止中のことを話してくれたリーダー、自由に食べてたら太ったと笑ってたけど、反対にとると活動期間中は食事もかなり気を使ってたんだろうな。それが本当に印象的で。みんなが嵐で代表してステージに立っているだけ、と言ってたけど、本当に本当にいろんな思いをしてそこに立っていてくれてるんだろうと思うと感謝しかなかった。
翔くんの、ファンクラブ会員に向けたメッセージが嬉しくて。待っててよかったよ。ダブルパーカーも迷彩もしっかり覚えていますので。嵐とみれたこの景色を私もしっかり宝箱にしまって、嵐の曲と一緒にこれからも生きていこうと思います。
Fiveのコンサートバージョンのアレンジというか追加されたところというべきか、本当に、より嵐で。
聴けてよかった。
彼らの名前を大きな声で叫んで。ああ、終わらないでほしいと、本当に楽しかった、本当に本当に最高の空間だったけどやっぱり私は寂しいと思いながら、手を振る5人をみて、涙が止まらなかった。
角度的に扉が閉まる最後の最後まで見えていたのが翔くんで。もしかして私はアイドル・櫻井翔を見られるのはこれが最後なのかも、と思うと本当に寂しくて辛くて年甲斐もなく本当に泣いてしまった。カメラに抜かれたソロショットで投げキスをして、優しく微笑み、最後まで笑顔で手を振り続ける姿を見て、この姿ってもう見られないのかと思うと本当に寂しかった。これが本音でした。
終わってからも涙が止まらなくて、規制退場を待ってる間で涙止めるので必死だった。そのくらい泣いた。
自分が一番びっくりしてた。こんなに泣くのかと。こんなに寂しいのかと。
思った以上に嵐に支えられてて、正直毎日をかなり頑張って生きていて、その支えとか楽しみとかが失くなる気がして寂しかったんだろうな〜と思う。もちろん翔くんも言ってたように音楽があるから、曲を聴いて何かの支えにしたりできるんだろうと思うけど、やっぱり一緒の空間で楽しむことができないのは寂しかったんだろうな〜。
でも同じくらい、ちゃんと寂しがらせてくれて、思いっきり泣いてもありがとう、さようならを言える空間を用意してくれて本当に嬉しかったしありがたかったです。寂しいんだ、私にとってこんなに嵐って偉大で大事なんだって分からせてくれてよかった。
迎えた5月31日。1人で見守ろうと思ってたけど、大阪公演を経てこれは私一人で見れないのでは?と思い急遽大阪で会えた友人と鑑賞会に。朝カプセルだけ回しに行って、写真撮ってさっと帰宅。
同世代。大体同じ時期から嵐のファンになった2人。応援の仕方もちょっと似てるところもあって、とにかくライブを見ると楽しくて踊る2人。最初から最後まで、2人してありえないほど泣きながら踊ってた。泣いてたけど、涙は止まらなかったけど、本当に楽しかった。
一度生で見させてもらったから、終わりが近づいてくるのもわかってしまう。
挨拶。配信もあったしわざわざ内容に触れるまでもないのかもだけど。
なんとなく、翔くんが今日泣いてしまうんじゃないかと思ってた。でもそんなことになったら私はどうなるんだと思ってた。
一緒に泣いた。本当にそれはもう、堪えきれなかった。あなたの愛した嵐が、これからもたくさんの人に愛されることを私も願ってやみません。
「ファンの生き甲斐であることが自分の生き甲斐だった」
ありがとう。こんなに恵まれているファンはいないと思う。
でもそんなことは今日分かったことではなくて。ずっとずっと、見てる人、聴いてる人、「必ず見てくれているあなた」に届けたい言葉をとどけてくれてて。
だからこそ、私にとっての20年間、間違いなくあなたが生き甲斐でした。
そしてあなたが私の人生の道標でした。お手本でもあり、尊敬する人です。
感化されたことも、羨望したことも、圧倒されたことも、本当にたくさんあった。
でも純粋に、アイドルとして、たくさん楽しませてもらって、恋と似て非なるアイドルに抱く特別な感情を持たせ続けてくれた。
楽しかった〜〜〜!本当に!!!
20年間で環境も、住んでるところも、肩書も、私自身の価値観や考え方も、かなり変わっているのに
嵐のファンで、櫻井翔のファンでいることは変わらなかった。なんかそれってすごいよね。
まだこれを書きながら全然泣いてるし、全然寂しいけど、
これからも嵐の曲とたくさんの思い出とともに生きたいなと思います。
それでは聞いてください、The Music Never Ends*2
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ここまでを31日に書きました。
そして今日、やっぱり目は腫れたしまだ涙は出るし寂しいです。
時間とかいろんなことが解決してくれると信じて。
小学生のときの私へ
嵐を好きになってくれてありがとう。
今考えても小学生にしてはちょっと頑張りすぎてたと思うけど、頑張ってたからあの曲が好きになったんだもんね。おかげで20年間楽しく過ごしたよ。
最後の最後まで嵐でいてくれて、そして嵐ファンを嵐ファンでいさせてくれて、大切に思ってくれて、本当にありがとう。
これからも私の宝物です。
どうかこれからも溢れるほどの幸せが降り注ぎますように。
ずっとずっと、嵐のファンです。応援しています。