What's your happiness?

守備範囲広すぎるオタクのつぶやき

私の好きな櫻井翔

Happy Birthday

Sho Sakurai 

 

お久しぶりです。

誕生日にブログ更新しないでいつ更新するんや。

って話ですよね。うんうん。

いわゆる「自担」である櫻井翔さん34回目の誕生日。

本当におめでとうございます。

自担と書きましたが、櫻井翔は担当という言葉を嫌います。

なので私はあまり担当という言葉を使いません。

そんな些細な事にも影響されてます。

そんな翔さんの誕生日を祝うのも今年で何回目なんでしょうか…

まあそのことは今度記事にしよ…

 

いつの間にか「翔くんかっこいい!!」という回数が減りました。

テレビに出るたびにビジュアルの良し悪しが転々とすることておなじみの櫻井翔さん。

そんなことはもう私にはどうでも…はよくないんだけれども☜

まあ少々太っていようがなんとも思わなくなりまして、

まあ翔くんもいいおじさんになってきてるもんな〜としか思わなくなりました。

好きになった当初や中学生の頃は「翔くんほんとかっこいい!!」

「茶髪好き!!」「わあ!ピアス〜〜〜!!!」

「なんか最近痩せすぎじゃない?ちょっと心配」「え、今日の翔くんの髪型最高!」

なーんていちいち言ってた自分は何処へやら・・・

自分が年齢を重ねるにつれて、単純に「好き」から「尊敬」へと形が変わってきていることに気づきました。

高校時代、進学校に進み、運動部に入り、自分には難しい勉強やテストに山のような課題と遅くまである練習、

毎日毎日必死でした。

そんな私が感じたのは「櫻井翔は高校に行きながらジャニーズの仕事してたもんな。

無遅刻無欠席をキープしてたんだもんな。すげえよな。」と。

いつしかの何かしらの番組のインタビューで彼は

『成績が下がったことをジャニーズの仕事のせいだと思われたくなかったから成績を維持してた』

というようなことを言ってた記憶があります。

名門の私立高校に通っていた櫻井少年が仕事をしながら成績を維持することはどれほど大変だったんだろうか。

エスカレーター式の名門私立学校、きっと本人もそうであるように周りにも家柄の良い同級生も

たくさんいたでしょう。その中で『ジャニーズ』『アイドル』である自分との葛藤も

あったんじゃないかとも思います。

それでもアイドルであり、名門校の学生であり続けた彼を本当にすごいと思いました。

 

そして大学在学中の今、彼がデビューして嵐としての活動を続ける傍、

大学に進学し、四年で卒業したことを考えます。

レポート、課題、テスト、単位、卒論など、

デビューしてからの仕事と大学を両立していたことを思うと、驚くばかりです。

 

テレビを見たりコンサートでの挨拶などを聞いて櫻井翔という人は本当に賢いんだろうな

と思います。

言葉の選び方だったり冷静に番組を進めていく姿に彼の頭の良さを感じます。

ラップの作詞もそうです。

 

2015年宮城で行われたコンサート。

彼のソロ曲。『Hip Hop Boogie Chapter Ⅱ』

私はコンサート期間中がっつり留学中だったので

先日やっとDVDで聞くことができました。

道なき道を歩いてく
迎合せずただマイペース
いま言える いまならば言える
蒔いてた種たち咲いてく

Somebody(yeah) Everybody(yeah)
いま時代が手の中に(yeah yeah)
Pass da mic.
Pass da pen.
このmic and pen でRock the world

これが元の歌詞。そしてこれが今回Chapter Ⅱという形でアレンジされました。

君たちとなら歩いてく
栄光へとまだマイペース
磨いてる未だ磨いてる
咲いてる花たち抱いてる

あんなに夢描き
いま未来は瞳の中に

Pass da mic.
Pass da pen.
このmic and pen でRock the world

オリジナルのソロ曲が出たのは2008年。*1

あれから5年。

この5年で嵐はまさに「国民的アイドルグループ」と言われる所以となるような

様々な記録を残しました。

オリコンやゴールドディスク大賞など様々な賞の受賞、

ミリオン、紅白出場や司会、国立競技場での4日間公演や6年連続公演、

たくさんのゴールデン番組やCMなどなどあげたらきりがありません。

道なき道を歩いてた、

蒔いた種がだんだんと咲いていってた嵐は、

5年という時間で

本当にたくさんの道を拓き、驚くほどたくさんの花を咲かせました。

そして2015年、

その花たちを抱き、栄光へと、まだまだ磨き続けながら、

君たちと歩いてくと歌った櫻井翔

初めて聞いた時、鳥肌が立ちました。

ずっと櫻井翔という人を応援していますが、

こんなにも明確にファンと自分との関係を歌うのがとても珍しいと思った自分がいました。

決してファンを大切に思っていなかった、なんてことは思いませんし

今までだってファンへの感謝の言葉もたくさん口にしていたけど、

こんなにもはっきりとした言葉で、「君たちとなら歩いてく」と歌う姿を見て、

心からこの人についてきてよかったと思いました。

こんなゆっくりでいいんだって 
こんな俺らだってでもいいんだって
こんな景色はみんなのおかげ
ここまで、連れて来てくれるなんて
この大草原の先には何が待っているのだろう
道がないなら創ればいい 
その先果てない道歩いてこう

ここの歌詞もそうです。

自分で打っててまた泣きそう☜

先でも述べた通り、5年間という期間で一気に国民的アイドルグループへと駆け上がった嵐。

正直そんな嵐を見て遠くに感じることは幾度となくあり、

もう遠いどころの話ではないと開き直るほどになってしまっていました。

ファンクラブの会員数は年々増え、

コンサートのチケットはなかなか手に入りません。

現に私も、2012年以来一度も当たっていません。

「嵐ファン」と言うと「ああ、あなたも。」みたいなリアクションにも慣れました。

おかしいな、全然周りにファンいなかったのに。

初回盤の予約がなかなかできない、グッズ販売は長蛇の列。

それでも嵐のファンです。ずっとファンです。

「こんな景色はみんなのおかげ ここまで連れてきてくれるなんて」

信じてついてきてよかったと報われるような歌詞でした。

たくさんの偉業を成し遂げた嵐はもう遠くに行きすぎて、届かないんじゃないかと思っていました。

そんな考えをあくまでもファンが嵐を連れてきたという言葉で表してくれたから

安心する自分がいました。

ボキャ力なくてうまく書けませんが、

本当に、感動、感謝の言葉に尽きる歌です。

この歌詞を書く櫻井翔という人が、本当に大好きだと、胸を張って言います。

 

最後に、私が今までで一番好きと言ってもいいくらい好きな

2014年に発売された雑誌「H」内で32歳の櫻井翔

17歳の自分へ綴った手紙を紹介させてください。

17歳の櫻井翔

 

17歳の俺。初めまして。

32歳の私です。

 

そこから15年が経ち、”俺”や”僕”ではなく”私”を使うようにもなりました。

その様な機会が増えるという、 意外な状況に身を置いています。

背広を着ない仕事に腹くくったつもりでしたが、背広を着る機会に恵まれているよ。不思議なものですね。

 

1999年。

嵐になる直前。

 

気に入っていたドレッドを、ほどけと言われました。

必死に守り抜いてきた、無遅刻無欠席が急に叶わなくなりました。

 

”はぁ・・・。なんだこれ・・・。とんでもないことに巻き込まれた。辞めようと思っていたのに。”

 

そう思っていることと思います。

イラついて、ピリピリしてると思います。

 

でも。

そんな”【あなたの社会】への建て前”と”自分への言い訳”を鎧に纏っているものの。

 

自分でその道を選び、歩き始めます。

誰も背中なんか押しちゃいないのに。

 

結局のところ、”夢”だったっつーことかな。

 

不安だとは思う。

 

しかし。

不安が努力を突き動かす。

 

どうか頑張って下さい。

 

「無理しないでね。」

人は言うかも知れません。

 

死ぬほど無理して下さい。

別に死にゃしないから。

 

こっちも未だに、”これで本当に良かったのか”分かってはいません。

でもまあ・・・”悪くはないかな”ってところまでは来られたよ。

来られるよ。

 

人生是一方通行。

 

どうか。

ただ前だけを。

 

無理しないように。

2014年1月 櫻井翔

 

H (エイチ) 2014年 03月号 [雑誌]
 

 

 

どうか彼がいつか”これで良かった”と言える日が来ますように。

少しでも、力になれますように。微力ながら応援していきます。

34歳の1年がどうか幸せでありますように。 

(このブログ書くのに約2時間半かかってる…こんな時間…)

*1:2008年発売の「Dream"A"live」に収録された「Hip Hop Boogie」